2008年02月24日

通信簿の楽しみ

 いよいよ夏休みだなあ。しかし、センセイ方はその前に通信簿(通信表、通知表、通知簿とかなんとか)をつけなければならないのが大変みたいですね。でも、通信簿っていうのは別に作らなくてもいいんだな。だって特に法的なきまりは何もないんだから。にもかかわらず通信簿は深く日本の教育とかかわってきた。何しろ学校の思い出といえば通信簿だもの。
 この通信簿、いったい何のためにあるんだろうか。1891(明治24)年の小学校教則大綱に対する文部省説明の中に「各児童ノ心性、行為、言語、習慣、偏僻等ヲ記載シ道徳訓練上ノ参考ニ供シ之ニ加フルニ学校ト家庭ト気脈ヲ通スルノ方法ヲ設ケ相提携シテ児童教育ノ功ヲ奏センコトヲ望ム」(心性、行為、言語、習慣、偏僻等なんかを書いて道徳訓練の参考にすることと、学校と家庭の連絡を密にして子どもの教育の効果を上げることを期待する」って書いてあり、その方法のひとつが通信簿だったと考えてよい。
 当初は連絡帳みたいなものだったけれど、1900(明治33)年の小学校令施行規則で校長の作成する学籍簿の形式が具体的に示された。つまり、子どもの学業成績、出欠、身体状況などを学籍簿という公簿に記録することが制度としてできあがったのである。そのデータを使って通信簿を作って子どもに配付するということが一般化したということだ。なんちゅうことはない、学籍簿などの公簿の制度が確立したから調子にのってその権威性を子どもや保護者に見せつけようとして始めたのが通信簿なのだ。通信簿に法的根拠がないというのは、もともと表に出すべきではない学籍簿の中身を外に出すことだからだ。それとそういう秘密の資料(学籍簿)に基づいた通信簿だから権威があるように見える。それをちらつかせることで子どもと親を管理していくというのも通信簿の役割だったのだ。
 たまたま明治36年度の柳河男子高等小学校の通信簿である「児童成蹟通告表」というのが手元にある。僕が古本屋で買ったものだ。これは一枚の用紙を二つ折りにした4頁のものだ。この「児童成蹟通告表」を開くと右側には小さなデータ記入欄として、出欠日数、出身尋常小学校長と保護者の押印欄、身体検査表の欄が並んでいる。成績は各学期ごと及び学年の終わりに記入するようになっており、成績の標語は甲乙丙丁で書き込んである。この成績はチョー絶対評価である。教師がいいと思ったらためらわずに「甲」と書くようだ。だから成績の分布はまったく一定していない。今は評価にはかなり神経質になってるみたいで、基準やら規準やらを斟酌して数字をいろいろ操作しているようだが、この頃は何とおおらかなことか。まあ親にとっても子どもにとってもよければ「甲」、悪けりゃ「丙」というのはすごくわかりやすかったんじゃないかな。と、同時に教師のお眼鏡にかなうか否かが評価に結びつくものでもあり、教師の権威は否が応でも高くなったのだ。ああ教師にとってはいい時代だったねぇ。

 ところで、これまで『羅針盤』に連載していたものが本になった。もちろんだいぶ加筆修正している。自分で書いたものだけれど読んでみるとめっちゃおもしろい。

『学校は軍隊に似ている―学校文化史のささやき』(社)福岡県人権研究所発行、海鳥社販売、で1200円+税だ。店頭になくても本屋さんに注文すると買えるので、よろしく。クラス単位でまとめ買いするというのなら、著者の独断で割引も考えようじゃないか。
posted by 河東真也 at 15:18| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校の文化史 | 更新情報をチェックする
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