2013年02月11日

鍛えるのはお好き?

 今、サッカーのワールドカップを横目で見ながら書いているのだが、ワールドカップがこんなに燃えるのは、単に世界最高水準のプレイが見られるからではない。それなら最高水準の選手を集めたクラブチームの試合を見た方がいいに決まっている。ワールドカップが燃えるのは国別の対抗試合だからだ。国と国とが闘うところにワールドカップの醍醐味があるのだ。そんなことを言うと「ワールドカップは愛国心を喚起するからきらいだ」なんていう偏狭な精神のお方もいるかもしれないが、こういうときに目一杯愛国心でも何でも振りかざしてサッカーに熱中するのもけっこうなことだ。これで世界平和が保たれると考えれば、悪いことではない。
 おかしなことを言ったと思うかもしれないが、近代スポーツの発祥はこのあたりに由来するのだ。
 1688年の名誉革命で権利の章典が作成され、以後イギリスでは議会制度が始まったということは世界史で勉強したはずだ。議会制度は民主主義の基本だが、これの意味するものは暴力による政権奪取を否定したことなんだな。つまり、それまでは政権を取るのは暴力によるのがあたりまえであった。しかし、暴力で政権を奪うと負けた側の遺恨がいつまでも残るし、人の命がむやみに消費されることになる。それで、議会で多数派を取ることによる政権交代のシステムが成立した。これが議会制度である。武力ではなくルールに基づいた駆け引きで多数派を制していこうと画策するのであるから議会制度は政治をゲーム化したものだといえる。近代スポーツといわれるものはこうしたゲーム化した政治を身体化したものとして登場したのだ。
 言い換えるならば、近代スポーツはり民主主義そのものなのだ。このことは学校でのスポーツを考える上でもとても重要なことだ。
 学校教育の世界で体育会系というと上位下達の世界で、民主主義とはちょっと距離のあるような気がしないわけでもない。ビシバシと鍛え、先輩には絶対服従なんていうのもよく聞くし、体育会系の人間は脳みそまで筋肉でできているというような悪口も耳にしたことがある。
 しかし、大学では体操部の顧問を四半世紀務めている体育会系教員の僕としてはそういう誤解をここでは解いておきたい。スポーツは民主主義なのだ。
 しかし、日本ではスポーツがある段階でゆがんで利用されるようになったのだ。日本では近代スポーツは学校を通じて欧米から入ってきた。その頃のスポーツは将来の紳士たちの社交として広まったのである。
 ところが日本が軍国主義の中に徐々にはまりこんでいくとスポーツは国民の軍事化に貢献するものへと変質させられるようになったんだな。つまり教育の手段として利用されるようになったのだ。
 桑田真澄という人を知っているだろうか。そう、あの読売ジャイアンツで投手をしていた桑田だ。彼は今年早稲田大学の大学院で修士号を取ったのだ。桑田氏は修士論文の中で、プロ野球選手から採ったアンケートを分析し、その結果、日本の野球選手の育て方に疑問を投げかけた。桑田氏は現在の学校野球部で行われている野球は飛田穂洲(とびたすいしゅう)の提唱した「野球道」が今もまだ生きていると言うのだ。
 飛田穂洲とは戦前早稲田大学の野球部の監督を務めた人で朝日新聞の記者としても活躍した人だ。当時野球は敵性スポーツとして軍部ににらまれた。そこで飛田は「野球精神は一言にしていえば、死の練習によってつちかわれる。野球部愛、母校愛を強調することはとりもなおさず国家愛を教うるものであり、一致団結の団体精神は、一丸となって敵に当たるの心意気を示唆し、犠牲的精神は、喜こんで国難に殉ずべき暗示を与えるものに外ならぬ」といかに国家のための人間を作るのに役立つのかを主張して軍部の圧力に抗したのだと言う。そして野球道を提唱した。それは「練習量の重視」「精神の鍛錬」「絶対服従」なのだと桑田氏は言う。
 確かに飛田は野球を軍部から守った。しかし、それは野球を人間形成、つまり教育に利用することによってであり、スポーツの本質を歪めるものだったのだ。桑田氏はこの飛田の「野球道」が戦後も学生野球の中に残っているのだと指摘する。他のスポーツがよかったわけではない。他のスポーツは敵性とされなかった段階で帝国臣民の形成に役立つものとしてすでに魂を売り渡していたのだから。
 スポーツは戦争や暴力を行わずにルールを定めて楽しむゲームであり、スポーツそのものが平和と民主主義なのだ。スポーツは目的であって手段ではない。スポーツを手段にしたときスポーツは本質を見失い、民主主義の敵になるのだ。
 桑田氏は修士論文で飛田の野球道に替わるものを提唱しているが、それは彼の本を読んでちょうだい。
(参考;多木浩二『スポーツを考える』ちくま新書、桑田真澄・平田竹男『野球を学問する』新潮社)
posted by 河東真也 at 02:37| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 学校の文化史 | 更新情報をチェックする
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