2009年09月29日

赤い鳥逃げた?

 「あゝ、日本の児童は入学の当初から呪われている」と北原白秋は日本の唱歌を嘆き、その唱歌の精神で形づくられているところの日本の学校を嘆いた(承前)。実はこの頃の白秋は子ども向け雑誌『赤い鳥』に自作の童謡を発表し、また子どもたちが投稿してくる詩の選者もつとめていたんだな。その事情をちょいと説明しよう。
 大正7(1916)年2月16日、親友の鈴木三重吉という男が白秋の家に来た。何か頼みごとがあるようであった。訊くとそれは新たに子どものための雑誌の創刊に関することであった。つまり三重吉は白秋に童謡をつくれと言ってきたんだな。歌人として名をあげていた白秋に童謡を作れと言うのは、まあ、親友だから言えたことかもしれない。
 この鈴木三重吉がこの雑誌を創刊したことについて「すず伝説」というのがある。鈴木三重吉は夏目漱石門下の小説家で、なかなか売れないものだから中学教師をしながら小説を書いていた。そして長女すずが生まれた。すずに物心がつくようになると三重吉はすずのために読んで聞かせる書物を探したが、なかなかそれにふさわしいものはなかったんだな。そこですずのために自ら読み物を書いてやろうと思った、というのがいわゆる「すず伝説」として伝わっている話である。
 その真偽はともかく、その当時の子ども向けの読み物は巌谷小波なんかによって拓かれた少年文学というものが主流であった。名前くらいは聞いたことがあるだろう。これはこれでおもしろいものなのだが、三重吉は不本意であった。三重吉によれば、それら少年少女向けの読み物や雑誌は俗悪な体裁をしていてとても子どもに買って与えるものとは言えなず、内容も下品であり、表現も下卑ている、と言うのである。三重吉は日本人はこれまで哀しいことに子どものための芸術家を持ったことがないとまで言い切り、芸術性を重んじた童話と童謡を創作する文学的運動として子ども向けの雑誌の発行を思い立ったわけだ。
 すでに歌人として名声を得ていた白秋はどうしたかというと、すんなりこの話を受け入れたようなのだ。この時の白秋は経済的な事情を含めて短歌に見切りをつけかけていた時だったらしく、すぐ翌日にはこの雑誌の名を提案する手紙を三重吉に送っている。雑誌は『赤い鳥』と名づけられ、その年の7月に創刊した。
 『赤い鳥』は画期的な雑誌だった。執筆者には白秋を始め、島崎藤村、芥川龍之介、泉鏡花、小宮豊隆といったそうそうたる顔ぶれを並べた。なんと芥川龍之介の「蜘蛛の糸」はこの創刊号に載せられた作品なのだ。「蜘蛛の糸」は知っているよね。桂枝雀が「茶漬えんま」という落語でそのパロディを演じているので一度鑑賞してごらん。ともかく『赤い鳥』はまもなく3万部という当時としてはたいへんな売れ行きを示すことになったのだ。
 ところで、『赤い鳥』のおもしろいところはそうした子ども向け文学作品を掲載したことだけではなく、子どもたちに作品を投稿させて掲載したことなんだ。そして、白秋は童謡や詩の、三重吉は綴方の選者をした。彼らは子どもたちから寄せられた作品に批評を加えて掲載するという形でものを書くことの指導をしていったのだ。白秋はそれまでの五七調といったような定型にとらわれず、自由に詩を書くように言い、それを児童自由詩と称して広めていった。三重吉も子どもが思ったこと、あったこと、言いたいことを口で話すように自由に書くように指導した。そして詩や作文を芸術として位置づけ、それらを創作することで人間性を高めていくことを目的とするようになっていった。
 ものを書くということはただ事実を伝達することではなく、自己表現であり、芸術活動なのだというのが二人のモットーだったのだ。それはこれまでの型にはまった表現や伝達のための作文とはまったくちがった分野を子どもたちに与えるものだったわけで、白秋が型にはめるのが大好きな学校を憎んだのはこういうことだったんだな。
 まあ、しかし、芸術性を求めた『赤い鳥』は都市中間層、つまりええとこのボンボンやお嬢さんが主たる読者だったこともあってその後伸び悩んだ。かわりに大衆向けの『少年倶楽部』が30万部以上も部数を伸ばし、世は大衆路線へとなびいていったのである。
 ああ、赤い鳥は何処へ飛んでいったの?
参考;三木 卓『北原白秋』筑摩書房 2005
   河原和枝『子ども観の近代』中公新書 1998年
ちなみに標題は1973年の東宝映画『赤い鳥逃げた?』から借用した。
      (藤田敏八監督、桃井かおり・原田芳雄主演だけど、知ってた?)
posted by 河東真也 at 18:43| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校の文化史 | 更新情報をチェックする
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