2005年08月31日

学校は軍隊に似ている

 1995年に国連で採択された「人権教育のための国連10年」は20世紀末から21世紀にかけての日本の「同和」教育、人権教育に大きな影響を与えた。行政にとってはこの「10年」にもとづいて行動計画が各自治体で作成され、その実施が人権教育にかかわるあらゆる場で展開せざるを得なくなったのだった。この「10年」が提起したものを一口で言えば、「人権文化を築く」ことだったと言ってよい。「10年」以降の人権施策にもこの考えは受け継がれている。かといって「人権文化」なるものは特別なものではない。人権文化とは社会に漂う「空気」のようなもので、その「空気」を吸って育っていくとその社会の住人にとって人権を大切にするということがあたりまえになってくるということだと考えている。
 なかでも学校は子どもたちがもっとも長く「空気」を吸いつづけている場所のひとつである。学校の中の空気が子どもたちの人権を押しつぶすほど澱んでいたならば、この「空気」を換えていくことが(換気!)人権文化の構築にとっては欠かせないことになるだろう。近代学校が誕生して以来学校の中に溜まった「空気」がどんな「空気」であるのか、この場を借りて考えてみたい。
 まずは学校における集団生活について考えてみよう。
 集団生活のルールを身につけよう!という指導は学校の中ではよく行われるものの一つである。ごくごくあたりまえに「集団生活のルール」というものを若い時期に身につけておかないといけないと信じられ、特に疑問とされずに教育目標に掲げられているものである。そういう意味で学校文化の常識のひとつだと言えなくもない。
 しかし、学校でそうやって教え込まれた「集団生活のルール」は学校を出てからはおそらくほとんど役に立たないものである。世の中には集団生活というものはけっして多くはない。学校で身につけた集団生活のルールが役に立つと思ってそのつもりで企業社会に出るととんでもないことになる。
 集団生活のルールが必要とされるのは集団での行動が職務とされている一部の職種に限られていると言ってよい。だから、そうした仕事のしかたが必要とされている職種の新人研修で必要に応じて教えられればいいものであって、すべての子どもたちが身につけなければならない問題ではないのである。ほとんどの人間にとって学校を出た後「集団生活の大切さ」なんて強いられることはまずない。
 にもかかわらずこれが学校教育で重視されているのは、戦前の教員養成が集団生活を重んじる学校文化の中で行なわれたことに起因すると考えられる。1886(明治19)年に森有礼文相は師範学校令を制定して教師として必要な気質をその教育目的に掲げた。それは順良・信愛・威重(いちょう)という三つである。森によれば順良とは従順ということであり、上の者の命令にすなおに従うことであった。信愛とは教師どうしが互いに友情で結ばれることであり、威重とは(自分より下の者に対して)威儀を以てふるまうということである。わかりやすく言えば上には無批判に従い、互いに守り合い、子どもや保護者にはえらそうにふるまうという人間像である。
 そうした気質は口先だけの講釈で身につくものではない。徹底して身体で覚えさせ、集団として共有化させる必要がある。そうした人材養成を行なう格好のモデルがあった。目的が明確で、上意下達の組織原理を持っている集団といえば“軍隊”である。森は師範学校教育に軍隊のシステムを採用したのであった。さて、何が似ているのか。それは次のお楽しみ……。


歴史研究は歴史書から
posted by 河東真也 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校の文化史 | 更新情報をチェックする

2005年08月30日

ブログのねらい

 「羅針盤」は現在某紙に連載中のコラムだが、これを一冊にまとめてみたい。そうすると多少加筆修正が必要になるだろう。その作業にこのブログを使っていこうと思う。

必読書
posted by 河東真也 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校の文化史 | 更新情報をチェックする

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